約350年前からある浄土真宗のお寺です。

現住職は第15代目になります。

堀村の釈成法(3)


 堀村の釈成法(3)


 天文日記

 角川の『大阪府地名大辞典』には、天文6年(1537年)4月30日に本願寺門主の証如上人が願主である永光寺門徒で摂州住吉郡堀村の釈成法に方便法身像を下付した「方便法身像裏書」のことが記されています。前回でも書きましたが、堀村や現在の瀧光寺の淵源がその時代にまでさかのぼる可能性があるということです。
 そこで、この裏書について大阪府立図書館の職員の方に調べていただいたところ、『富山県史』史料編2(中世)(1975、富山県)の「附録」の「銘文抄」にその「方便法身像裏書」が収録されており、ほかに『越中真宗史料』(1997、桂書房、「越中資料集成」の別巻1)の「現存裏書」、『一向一揆の研究』(1981、春秋社)にも収録されているとのことで、確認してみるとすべて同一の内容でした。
 『富山県史』史料編2(中世)「銘文抄」二の七七の「方便法身像裏書 木本勝太郎氏」には、裏書の中上段中央に「方便法身尊形」という絵像の名前があり、下段に右から、

1行目に門主名「本願寺釈証如(花押)」、
2行目に年月日「天文六年〔丁酉〕四月卅日」、
3行目に「永光寺門徒」、
4行目に「摂州住吉郡堀村」、
5行目に「願主 釈成法」

となっています。『越中真宗史料』のほうは『一向一揆の研究』から引用したもので、引用元の『一向一揆の研究』のほうはどこから裏書を引用したのか、明記してありませんでした。出版年から考えると、『一向一揆の研究』の裏書は『富山県史』からの引用だと考えられます。また、『富山県史』の「銘文抄」の裏書には、『真宗五箇山史』(1966、1967修補版、高桑敬親氏による謄写版)から採録したものだということが明記されていますので、もともとこの裏書は『真宗五箇山史』に掲載されていたものだということがわかります。

 裏書にある釈成法の生きた天文(てんぶん)年間の状況は、証如上人の『天文日記』(てんぶんにっき、光教日記・証如上人日記、以下『天文日記』)によって知ることができます。『天文日記』の自筆本は本願寺に所蔵されており、「本日記には本願寺の行事や、末寺・門弟との往来、宮廷や公家・大名・町衆等と交渉が具体的に記され、石山本願寺の勢力拡大や、本願寺を通して当時の世相が窺われ、室町後期の根本史料として貴重である」(文化庁の解説文より)として、国の重要文化財に指定されています。翻刻されたものは、『石山本願寺日記』(1930、上松寅三編纂校訂)上巻に『證如上人日記』として収録されており、その復刻版が索引付きで1966年~1968年に清文堂出版によって出版されています。また、『真宗史料集成』第3巻「一向一揆」(1979、同朋舎)にも収録されており、『大系真宗史料』(法蔵館)の「文書記録編」8‐9に収録が予定されています(2015年7月現在未刊)。

 河州堀者

 この『天文日記』には、「長井」や「堀」という地名が登場します。「堀」については、「天文八年(1539年)三月中」の日記に登場します(「長井」については、この「堀村の今昔」で改めて取り上げたいと思います)。
 天文8年3月15日付の日記には「斎を河州堀者〔光永寺下〕親の年忌志として調之候。相伴に常住衆両人、番衆四人也。相伴に常住衆兩人、番衆四人也。兼与、兼智、兼盛也。仍汁三、菜八、菓子七種。相伴衆計也。於布施者、愚に百疋、兼与に卅疋、又両人へ廿疋ヅヽ」(『石山本願寺日記』上巻)とあります。光永寺下の河内の堀の者が、親の年忌の法要でお斎(とき)を準備し、本願寺の常住衆や番衆に食事をふるまい、証如上人らに志を渡したという意味です。
 河州(かしゅう)というのは、大阪府にあった河内国(かわちのくに)の別称です。摂津国(せっつのくに)は摂州(せっしゅう)、和泉国(いずみのくに)は泉州(せんしゅう)と称しました。
 疋(ひき、匹)というのは当時の銭の単位です。室町時代には中国の明の永楽銭(えいらくせん、永楽通宝、銅の一文銭)が日本に輸入されて通貨として使用されていましたが、輸入量が減ったために、鐚(びた)とよばれる粗悪な私鋳銭が国内で大量に流通するようになり、鐚銭四文が永楽銭一文に替えられました。江戸時代の『地方落穂集』(じかた‐おちぼしゅう)によれば、鐚百文のうち、十文ずつの間に駒曳銭(こまびきぜに、馬代)を一文加えたので、鐚十文を一匹、百文を十匹と呼ぶようになり、鐚四貫文(一貫文は一文銭で千枚)が金一両、鐚一貫文が金一分(金四分で金一両)として通用したとあります。百疋は、永楽銭なら一貫文、金一両に相当します。「愚に百疋、兼与に卅疋、又両人へ廿疋ヅヽ」とありますので、永楽銭で合計1700枚、その重量は8キログラムを超えます。
  ところで、「方便法身像裏書」にある「摂州住吉郡堀村」は『天文日記』の河州の堀と同じなのでしょうか。次回は、この点について考えてみたいと思います。


文責・駒井守
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